Danger! Danger! Robert Lovelace2010/11/19 20:56



この写真、もちろんN&Sのソーントン家でのディナー・パーティの時のMrソーントンなんですが、4月にBBC Radio 4でClarissaのラジオドラマをやった時、HPで使われていたイメージ写真がこれだったのです。たしかにこれ、ちょっと人相悪く見えますねえ。「イングランド随一のハンサムだけど、悪評高き放蕩者」っていうロバート・ラヴレスにはぴったり、ということで選んだ写真だったんでしょうか。もっとも、原作の『クラリッサ』(Clarissa, or, The History of a Young Lady)が出版されたのは1747~48年と18世紀半ばですから、鬘をかぶっていたはずですね。こんな鬘です。


う〜ん、BBCの選択は正しかったと思います。どうかなあ、RAならこんな鬘でも似合うだろうか。ちなみにこの写真は、ペンギン・クラシックスの表紙ですが、この本、厚み何センチあると思います?あまりの分厚さに計ってしまいましたよ。なんと8.5センチです!1500ページ近くあります。一巻本になっている『指輪物語』のペーパーバック(字の大きさはペンギンと同じで、版はこちらの方が小さい)でも5.7センチですよ。いかに異様に分厚いかお分かりでしょう。

『クラリッサ』といえば、同じサミュエル・リチャードソンの『パメラ』と並んで、初期英国小説として、英文学史には必ず登場する「古典」ですが、恥ずかしながら原作読んだことありませんでした。ショーン・ビーンがラヴレス役をやったBBCドラマのDVDは見ておりましたが。
これ、そのDVDの表紙です。ショーン・ビーンの鬘どうでしょう?やっぱり・・・シャープかボロミアの時の方がずっとハンサムに見えますねえ。


SBは好きですが、彼のロバート・ラヴレスにはまったくときめきませんでした。卑劣な悪漢、みじめな最期を遂げて、なんだか後味の悪いドラマで、二度見ようという気にならない作品でした。

ところが、ところがですよ、RAが同じラヴレスをやったこのラジオ・ドラマの『クラリッサ』は、1時間ずつ4回に渡って放送されたのですが、何度聞いても飽きない、聞くたびにますますリチャードの声、その芸術的としか言いようのない声の演技の素晴らしさに惚れ込んでしまうのであります。The Lords of the Northのオーディオブックと並ぶ、リチャードの声の傑作です、間違いなく。ああ、至福の体験でした。

BBC4のラジオ・ドラマは、ハティ・ネイラーという女性が脚本を手がけているのですが、もしかしたらこれもTVドラマ(男性のディレクターでした)との違いを生んだ一因かもしれませんね。たしかにラヴレスはもちろん悪漢なのですが、しかしなんとも魅力的なんですよお。クラリッサが自分を赦してくれないということを想像できなかったというラヴレスの想像力の欠如に悲哀を覚えたのも、才気にも地位にも魅力にも恵まれながら、結局は自らの妄想の犠牲者だったというラヴレスという男に憐れみを感じたのも、RAの声の演技の妙ゆえでしょう。脚本も卓越なものだったのだと思いますが、何と言っても決め手はRAの幅のある感情表現、微妙かつ繊細なニュアンスの絶妙な声の演技です。

原作でも初版のヴァージョン(これがペンギン版)では、ラヴレスはかなり魅力的な部分のある描き方をされていたのですが、作者リチャードソンの思惑(若い女性への道徳的警告)とは裏腹に、この危険な悪漢にときめく女性読者が続出したことに驚愕し、後の版では魅力的な部分を削ってしまったということです。ハティ・ネイラーは、初版のラヴレスを上手く活かしたのだと言えるでしょう。

というわけで、リチャード演じるこのラジオ・ドラマのラヴレスがあまりに素晴らしかったので、8.5センチのペンギン版に挑戦しようという気にまでなったわけです。でも・・・やっぱり実際手にとるとめげました。仕事に関係のない読書は通勤途中に、と決めているのですが、この厚さじゃ持ち歩けないもんね。C19にもっと果敢な/奇特な人がいて、読んではその都度報告してくれるというありがたいスレッドがあったので、それで済ませてしまいました〜。ガッツないねえ、はあ、ただの怠け者か。まあ、そのうち時間できたら読みましょう(ほんとか?)

それでそれで、このラジオ・ドラマが最高なのは、なんとリチャードのすばらしいバリトンの歌声を聞かせてくれたことなんです!ああ、感激のあまり涙しましたよ、私。ここでクリップが聞けます。

ところで、脱線しますが、RAがトーリン役に登用されたのは、この歌声が決めてだったに違いないって私思うんですけど!だってほら、トーリンは歌が上手くなきゃいけないわけで、ハープを奏でて歌うんですものね。'Far over the misty mountains cold/ To dungeouns deep and caverns old/ We must away ere break of day,/ To find our long-forgotten gold'. きゃあああ、リチャードがこれをあの声で歌うと思っただけで、溶けそうです。映画館で聞いたら気絶しそう。『クラリッサ』でほんのちょっと歌うのを聞いただけで、ほんと、体の芯がとろけそうでした。

ラジオ・ドラマでは、ところどころ上手に書簡文を取り入れているのですが、ラヴレスがクラリッサに宛てた手紙で'your devoted servant, Robert Loveless'っていうところや、クラリッサに向かって'dearest madam!'ってあの声で言われると、悶絶ものでした。こんな大傑作、どうしてCDにして売らないのだろうか。もちろん個人的には録音できたのだからいいけど、でもCDにすれば聞き逃した人も聞けるだろうし・・・と何度か嘆願の手紙を書きましたが、実現しないですねえ。残念です。私、電車の中でiPodで『クラリッサ』のリチャードの声にうっとり聞き惚れていて乗り越してしまったことが(一度ではないところが怖いんですけど)あります。The Lords of the Northでも一度やったことありますが、それは初めて聞いた時のことで、ストーリー(そしてリチャードの語りのうまさ)に夢中になっていたからでした。『クラリッサ』は違います。純粋にRAの声に陶然としていた結果です。リチャードの声と18世紀の文体(って実はすごくセクシーです)の組み合わせ、こりゃ危険だ、私は完全にノックアウトされました。