映画『ホビット』新年あけましておめでとうございます ― 2012/01/01 12:15
新年あけましておめでとうございます。
2012年は映画『ホビット 思いがけない冒険』公開の年です。そしてリチャード・アーミティッジがトーリン・オーケンシールド役で登場です!
トールキンとリチャード・アーミティッジという、願ってもない夢のような出会いが、ピーター・ジャクソン監督によって実現するという、幸せな組み合わせ。
リチャード・アーミティッジの雄姿は、トレイラーで垣間見ただけでも感涙ものでした!
RAnetからいただいたangelfishさんの壁紙、クリックで拡大してご覧下さい。
そしてトレイラーで聞かせてくれた、あのMisty Mountainsのドワーフたちの歌。RAのセクシーなバリトンの歌声は、トールキンの『ホビットの冒険』の世界の魅力を伝えてあまりあるものです。
12月14日の日本公開に向けて、このブログも充実したものにしたいと思っております。
映画『ホビット』のニュース、できたらトールキンの原作の世界についても・・・そして何より、リチャード・アーミティッジという俳優さんの魅力を、みなさまにお伝えできたらと願っております。
みなさま、どうぞ今年もよろしくお願い申し上げます。
Sir GuyよりHappy New Year! ― 2012/01/02 13:37
昨年ずっとすばらしい作品の数々で私たちを楽しませてくださったbccmeeさんが、12月の日付をクリックすると、毎日ちがうサー・ガイに出会える仕掛けのカレンダーを作って下さったのですが、31日で完成。そこをクリックすると、その後に、すてきな新年のサプライズが仕掛けられています。
どうぞ
サー・ガイ・オヴ・ギスボーンと共に、新年をあらためてお祝い下さい。
リチャード・アーミティッジ:Thinking Woman's Crumpet ― 2012/01/03 11:01
デイリー・メール紙の2012年の有望な映画についての記事で、リチャード・アーミティッジが言及されています:
“and thinking woman’s crumpet, 6ft 2in Richard Armitage, will play dwarf leader Thorin Oakenshield.”
この"thinking womman's crumpet"と形容、イギリス英語の表現でだそうで、オンラインのThe Free Dictionaryによれば、
the thinking man's/woman's crumpet (British humorous)
文字通りには、頭が空っぽじゃない男女にとって魅力を感じさせる異性ということで、つまりはこの上の定義にあるように、その人物が知的でかつセクシーでもあるということになるわけですね。
a man or woman who is popular with the opposite sex because they are both
intelligent and sexually attractive
「クランペット」というのは、薄い小さなパンケーキですが、イギリスではアメリカ英語で言う"hunk"とか"sex symbol"と同義に使うのだそうです。(^o^)
ちなみに、「クランペット」って日本ではアメリカ同様、お菓子の意味でしか使わないですよね。

上の「クランペット」の写真と下のRAって、結びつかないわあ。どちらも「おいしそう」っていうこと?
ちなみに、イギリスだけでなく、この表現、オーストラリアとかイギリス連邦諸国でも使うそうです。
でもRAのファンが"thinking woman"って言及されているのって、ちょっとうれしい。実態は"drooling woman"じゃないかっていう説もあるけど。(^_^;)
祝トールキン生誕120年 ― 2012/01/03 12:59
1月3日は『ホビットの冒険』の著者J. R. R. トールキンの誕生日です。1892年生まれですから、120回目の誕生日ですね!
毎年恒例、Tolkien Societyでは夜の9時にお好みのドリンクを掲げ、”The Professor!”と唱和して誕生日を祝いましょう、と呼びかけています。
このブログは、映画『ホビット』でリチャード・アーミティッジがドワーフ王トーリン・オーケンシールドを演じることに決まったという、RAとトールキンの幸せな組み合わせから生まれたものですので、ここでも、みなさんと共にトールキン教授の120回目の誕生日を祝いたいと思います。
トールキンについてもきちんと系統立てて記事を書きたいと思いつつ、昨年の1月3日に彼の神話世界の始まりについて少し書いて以来、結局何もしないまま今回に至ってしまいました。反省。
映画公開が年末に控えていることでもあり、今日は1937年に出版された『ホビットの冒険』の誕生について少し書いてみようと思います。
まずはトールキン自身の言葉で『ホビットの冒険』の冒頭の一文“In a hole in the ground there lived a hobbit.”が生まれた瞬間のことを語ってもらいましょう:
オックスフォードのノースムア20番地にあったトールキンの自宅で、ある夏、山のような試験答案用紙の採点をしていた時のこと、骨の折れるでも退屈な採点者にとって素晴らしいことに、一枚の白紙回答に巡りあった。その時、その白紙になぜだか分からないが、こう書いたのだった:「地面の穴のなかに、ひとりのホビットが住んでいました。」
これは正確には何年の夏のことだったのでしょうか。『ホビットの冒険』の初期原稿を詳細に研究し、様々な傍証と突き合わせた結果、ジョン・ラトリフは上の出来事は1930年の夏のこと、そしてトールキンが最終章を書き終えたのは1933年の1月と結論しています(Rateliff, I, p. xviii.)
ラトクリフの説は、日本語でも読めるトールキンの伝記の決定版、ハンフリー・カーペンターによる『J. R. R. トールキン 或る伝記』(菅原啓州訳、評論社)における、『ホビットの冒険』の執筆過程に関するカーペンターの記述への反論となっていて、とても興味深いのですが、ここでテキスト成立に関する詳細に立ち入ることは控えますね(興味のある方は、ラトリフのIntroductionおよびダグラス・アンダーソン(2002年の改訂版)のIntroductionを是非お読みください)。
トールキンは「地面の穴のなかに、ひとりのホビットが住んでいました」という一文が「物語」へと発展したのは、「一体hobbitとはどんな生き物なのか」という「ホビット」というふと頭に浮かんだ名前に対する興味からだ、と言っていますが、答案用紙になぐり書きしてから何ヶ月かして、最初の章を書いたようです(Anderson, p.8).
残念ながら、記念すべき学生の白紙答案用紙は現存していませんが、トールキンが書いた最初の草稿のうち、6ページ(3枚)が残っています。この断片は最初と最後が失われていますが、ラトリフの本で“The Pryftan Fragment”として読むことが出来ます。
この最初期の草稿の後、どのようにテキストが変遷していくのか、その様子が手にとるように分かるラトリフの本は、非常に詳細で豊富な情報を提供してくれる註とともに、素晴らしい資料です。一方、アンダーソンの第二版は、出版稿がメインテクストとしてあって、その脇にテキスト変遷や、さまざまな役立つ註がほどこされていて、これもとても重要な資料です。(アンダーソンの第一版を翻訳した山本史郎さんは、せっかくのアンダーソンのアノテーションを全部巻末に回してしまっているので、はっきり言って、アンダーソンの本の価値を失墜させてしまっています。ただ、瀬田貞二訳は、1951年の第二版からの翻訳であるのに対し、山本訳は大きな改訂が行われた1966年の第三版の訳だという大きな利点はあります。)
ピーター・ジャクソンが現在撮影中の映画『ホビット』は、もちろん『指輪物語』と整合性をとるために改訂された1966年版に基づいているわけです。トールキン自身が、自ら『指輪物語』における「ゴクリ」というキャラクターの展開に符号するように、『ホビットの冒険』における「ゴクリ」を書き換えたわけですが、ピーター・ジャクソンの場合も、自分が先に制作したThe Lord of the Ringsの映画との辻褄合わせというか、ちぐはぐにならないように、前日譚である『ホビット』を撮影していることでしょう。
では、トールキンが最初にホビットの物語を書いた時、今わたしたちが読んでいるヴァージョンとどのように違っていたのか。最初期の草稿の全貌は、ラトリフの本を読んでいただくとして、いくつか「びっくり!」の事実を列挙しておきましょう。
1)ゴクリはちっとも邪悪ではなくて、ビルボを殺そうなどとはせず、謎かけ合戦に負けた後、約束どおり出口まで案内する。(1937年の初版のゴクリはまだこのままでした。)
2)ドワーフのダインという、トーリン亡き後ドワーフ王となるキャラクターは、草稿の最終段階まで存在していなかった。一方、バルドは登場するとすぐに死んでしまう。
3)ドラゴン退治は、主人公のビルボが行い、ギリオンの宝石(のちにアーケン・ストーンと改名される)をドワーフからの報酬として受け取るという構想があった。
4)出版ヴァージョンでは「五軍の合戦」となっている最後の大きな戦いは、ビルボの冒険からの帰途に起きるので、舞台もはなれ山ではなく、ドワーフたちは参戦しない!だからトーリン・オーケンシールドも死なないし、フィーリとキーリも彼を守って討ち死にすることはない。
5)(これについては、また改めてゆっくり記事にしたいと思いますが)トーリンは、最初は「墜ちたる英雄」として構想されていなかったのです!彼はドラゴンの宝の呪縛に屈することがなく、ドワーフたちの宝に対する貪欲さというテーマも、最初は存在しなかった。ビルボがこのドラゴンの呼び起こす心の病に囚われることなく、これに取り憑かれたドワーフたちと対立するという、構想は、ラトリフの言う草稿の第3段階まで現れなかった。
6)ドワーフのリーダー(つまりトーリン)は、最初は「ガンダルフ」という名前だった。一方後に「ガンダルフ」と命名される魔法使いは、Bladorthinという名前だった。また「スマウグ」はPryftan、「ベオルン」はMedwedだったなど。
最後に、“hobbit”という、トールキンの頭にふと思い浮かんだ言葉について:
トールキン自身は、これは自分の造語だと思っていました。また、シンクレア・ルイスの『バビット』 (1922年) との連想だったのかもしれない、と言っています。『バビット』は、アメリカの小さな町に暮らす中産階級のビジネスマンの狭量なブルジョワ気取りが「ホビット」と共通するところがある、というわけです。トールキンはまた、「ホビット」と「ラビット」は関係ない、と言っていますが、実際、『ホビットの冒険』の中では、ビルボは何度か「ラビット(うさぎ)」に例えられていますね。
また、 “hob”は、イギリスの民間伝承で “hobgoblin”などにも使われているように、「ロビン・グッド・フェロー/パック」(Robin Goodfellow or Puck)という意味もあるので、この意味に指小語尾 “-et”がついたもの、とも解釈されています。
トールキンの死後のことですが、Denhamというヨークシアの商人が19世紀に収集したDenham Tractsの中の超自然的生き物のリストの中に、 “hobbit”という言葉が見つかったという発見もありました。しかしこれをトールキンが読んだという証拠はありません。
いかにもフィロロジストのトールキンらしいことに、『指輪物語』のAppendix F (RK, p. 406)の註で、 “hobbit”という言葉は、ホビットの元来の言葉と共通の語源を有するローハンの言葉 “kûd-dûkan” (“hole-dweller”「穴に住む者」の意)を現代英語に置き換えたたものだ、と説明しています。中つ国の共通語である「西方語」(Westron)は、作品の中では現代英語に置き換えられている、というのが『指輪物語』のメタフィクショナルな枠組みです。ローハンの言葉と西方語の関係は、古英語と現代英語の関係とパラレルだということで、トールキンは、ローハンの言葉には古英語を使っています。
さて、ローハンの言葉 “kûd-dûkan”は、古英語に置き換えるなら*holbytla となり、これが現代英語になると “hobbit”となる、というわけです。
ごめんなさい、我ながら説明が下手ですねえ。あ、でももう祝杯をあげる時間が迫ってきましたので、このあたりで〜。長くなりすぎたし・・・。(^_^;) 祝杯をあげましょう。
”The Professor!”
<参考文献>
Anderson, Douglas. The Annotated Hobbit. (Harper Collins, 2003).
Rateliff, John. The History of The Hobbit. 2vols. (Houghton Mifflin, 2007).
Gilliver, P., Marshall J., and Weiner, E. The Ring of Words: Tolkien and the Oxford English Dictionary. (Oxford UniversityPress, 2006).
Shippey, Tom. The Road to Middle-earth. Revised edition. (Harper Collins, 2005).
毎年恒例、Tolkien Societyでは夜の9時にお好みのドリンクを掲げ、”The Professor!”と唱和して誕生日を祝いましょう、と呼びかけています。
このブログは、映画『ホビット』でリチャード・アーミティッジがドワーフ王トーリン・オーケンシールドを演じることに決まったという、RAとトールキンの幸せな組み合わせから生まれたものですので、ここでも、みなさんと共にトールキン教授の120回目の誕生日を祝いたいと思います。
トールキンについてもきちんと系統立てて記事を書きたいと思いつつ、昨年の1月3日に彼の神話世界の始まりについて少し書いて以来、結局何もしないまま今回に至ってしまいました。反省。
映画公開が年末に控えていることでもあり、今日は1937年に出版された『ホビットの冒険』の誕生について少し書いてみようと思います。
まずはトールキン自身の言葉で『ホビットの冒険』の冒頭の一文“In a hole in the ground there lived a hobbit.”が生まれた瞬間のことを語ってもらいましょう:
オックスフォードのノースムア20番地にあったトールキンの自宅で、ある夏、山のような試験答案用紙の採点をしていた時のこと、骨の折れるでも退屈な採点者にとって素晴らしいことに、一枚の白紙回答に巡りあった。その時、その白紙になぜだか分からないが、こう書いたのだった:「地面の穴のなかに、ひとりのホビットが住んでいました。」
これは正確には何年の夏のことだったのでしょうか。『ホビットの冒険』の初期原稿を詳細に研究し、様々な傍証と突き合わせた結果、ジョン・ラトリフは上の出来事は1930年の夏のこと、そしてトールキンが最終章を書き終えたのは1933年の1月と結論しています(Rateliff, I, p. xviii.)
ラトクリフの説は、日本語でも読めるトールキンの伝記の決定版、ハンフリー・カーペンターによる『J. R. R. トールキン 或る伝記』(菅原啓州訳、評論社)における、『ホビットの冒険』の執筆過程に関するカーペンターの記述への反論となっていて、とても興味深いのですが、ここでテキスト成立に関する詳細に立ち入ることは控えますね(興味のある方は、ラトリフのIntroductionおよびダグラス・アンダーソン(2002年の改訂版)のIntroductionを是非お読みください)。
トールキンは「地面の穴のなかに、ひとりのホビットが住んでいました」という一文が「物語」へと発展したのは、「一体hobbitとはどんな生き物なのか」という「ホビット」というふと頭に浮かんだ名前に対する興味からだ、と言っていますが、答案用紙になぐり書きしてから何ヶ月かして、最初の章を書いたようです(Anderson, p.8).
残念ながら、記念すべき学生の白紙答案用紙は現存していませんが、トールキンが書いた最初の草稿のうち、6ページ(3枚)が残っています。この断片は最初と最後が失われていますが、ラトリフの本で“The Pryftan Fragment”として読むことが出来ます。
この最初期の草稿の後、どのようにテキストが変遷していくのか、その様子が手にとるように分かるラトリフの本は、非常に詳細で豊富な情報を提供してくれる註とともに、素晴らしい資料です。一方、アンダーソンの第二版は、出版稿がメインテクストとしてあって、その脇にテキスト変遷や、さまざまな役立つ註がほどこされていて、これもとても重要な資料です。(アンダーソンの第一版を翻訳した山本史郎さんは、せっかくのアンダーソンのアノテーションを全部巻末に回してしまっているので、はっきり言って、アンダーソンの本の価値を失墜させてしまっています。ただ、瀬田貞二訳は、1951年の第二版からの翻訳であるのに対し、山本訳は大きな改訂が行われた1966年の第三版の訳だという大きな利点はあります。)
ピーター・ジャクソンが現在撮影中の映画『ホビット』は、もちろん『指輪物語』と整合性をとるために改訂された1966年版に基づいているわけです。トールキン自身が、自ら『指輪物語』における「ゴクリ」というキャラクターの展開に符号するように、『ホビットの冒険』における「ゴクリ」を書き換えたわけですが、ピーター・ジャクソンの場合も、自分が先に制作したThe Lord of the Ringsの映画との辻褄合わせというか、ちぐはぐにならないように、前日譚である『ホビット』を撮影していることでしょう。
では、トールキンが最初にホビットの物語を書いた時、今わたしたちが読んでいるヴァージョンとどのように違っていたのか。最初期の草稿の全貌は、ラトリフの本を読んでいただくとして、いくつか「びっくり!」の事実を列挙しておきましょう。
1)ゴクリはちっとも邪悪ではなくて、ビルボを殺そうなどとはせず、謎かけ合戦に負けた後、約束どおり出口まで案内する。(1937年の初版のゴクリはまだこのままでした。)
2)ドワーフのダインという、トーリン亡き後ドワーフ王となるキャラクターは、草稿の最終段階まで存在していなかった。一方、バルドは登場するとすぐに死んでしまう。
3)ドラゴン退治は、主人公のビルボが行い、ギリオンの宝石(のちにアーケン・ストーンと改名される)をドワーフからの報酬として受け取るという構想があった。
4)出版ヴァージョンでは「五軍の合戦」となっている最後の大きな戦いは、ビルボの冒険からの帰途に起きるので、舞台もはなれ山ではなく、ドワーフたちは参戦しない!だからトーリン・オーケンシールドも死なないし、フィーリとキーリも彼を守って討ち死にすることはない。
5)(これについては、また改めてゆっくり記事にしたいと思いますが)トーリンは、最初は「墜ちたる英雄」として構想されていなかったのです!彼はドラゴンの宝の呪縛に屈することがなく、ドワーフたちの宝に対する貪欲さというテーマも、最初は存在しなかった。ビルボがこのドラゴンの呼び起こす心の病に囚われることなく、これに取り憑かれたドワーフたちと対立するという、構想は、ラトリフの言う草稿の第3段階まで現れなかった。
6)ドワーフのリーダー(つまりトーリン)は、最初は「ガンダルフ」という名前だった。一方後に「ガンダルフ」と命名される魔法使いは、Bladorthinという名前だった。また「スマウグ」はPryftan、「ベオルン」はMedwedだったなど。
最後に、“hobbit”という、トールキンの頭にふと思い浮かんだ言葉について:
トールキン自身は、これは自分の造語だと思っていました。また、シンクレア・ルイスの『バビット』 (1922年) との連想だったのかもしれない、と言っています。『バビット』は、アメリカの小さな町に暮らす中産階級のビジネスマンの狭量なブルジョワ気取りが「ホビット」と共通するところがある、というわけです。トールキンはまた、「ホビット」と「ラビット」は関係ない、と言っていますが、実際、『ホビットの冒険』の中では、ビルボは何度か「ラビット(うさぎ)」に例えられていますね。
また、 “hob”は、イギリスの民間伝承で “hobgoblin”などにも使われているように、「ロビン・グッド・フェロー/パック」(Robin Goodfellow or Puck)という意味もあるので、この意味に指小語尾 “-et”がついたもの、とも解釈されています。
トールキンの死後のことですが、Denhamというヨークシアの商人が19世紀に収集したDenham Tractsの中の超自然的生き物のリストの中に、 “hobbit”という言葉が見つかったという発見もありました。しかしこれをトールキンが読んだという証拠はありません。
いかにもフィロロジストのトールキンらしいことに、『指輪物語』のAppendix F (RK, p. 406)の註で、 “hobbit”という言葉は、ホビットの元来の言葉と共通の語源を有するローハンの言葉 “kûd-dûkan” (“hole-dweller”「穴に住む者」の意)を現代英語に置き換えたたものだ、と説明しています。中つ国の共通語である「西方語」(Westron)は、作品の中では現代英語に置き換えられている、というのが『指輪物語』のメタフィクショナルな枠組みです。ローハンの言葉と西方語の関係は、古英語と現代英語の関係とパラレルだということで、トールキンは、ローハンの言葉には古英語を使っています。
さて、ローハンの言葉 “kûd-dûkan”は、古英語に置き換えるなら*holbytla となり、これが現代英語になると “hobbit”となる、というわけです。
ごめんなさい、我ながら説明が下手ですねえ。あ、でももう祝杯をあげる時間が迫ってきましたので、このあたりで〜。長くなりすぎたし・・・。(^_^;) 祝杯をあげましょう。
”The Professor!”
<参考文献>
Anderson, Douglas. The Annotated Hobbit. (Harper Collins, 2003).
Rateliff, John. The History of The Hobbit. 2vols. (Houghton Mifflin, 2007).
Gilliver, P., Marshall J., and Weiner, E. The Ring of Words: Tolkien and the Oxford English Dictionary. (Oxford UniversityPress, 2006).
Shippey, Tom. The Road to Middle-earth. Revised edition. (Harper Collins, 2005).
42nd StreetのRA(1991年頃) ― 2012/01/04 11:54
RAnet経由でいただいたMsGさん提供の写真。20才の若かりしリチャード・アーミティッジがブラックプールでの42nd Streetというミュージカルに出演した時のものです。
貴重な掘り出し物ですね。
クリックして拡大してご覧ください。右から3番目がRAではないかということです。
え〜〜、リチャード、かわいい〜!(^o^)
42nd Streetは、マイケル・スチュアートとマーク・ブランブルの本に基づいたミュージカルで、1980年のブロードウェイのプロダクションは、トニー賞に輝き、ロングランとなりました。
1933年の映画(http://ja.wikipedia.org/wiki/四十二番街)は、アメリカ映画協会のベスト・ミュージカルのリストに含められています。
20年前のリチャード、まだあどけなさが残っていてキュートですね。このブラックプールでの舞台、どんな役だったのでしょう?
でも20年前からこうしてミュージカルの経験があるんですもの、あのトレイラーで聞かせてくれたすてきなドワーフの歌のうまさ、納得!







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